2017年5月26日金曜日

史跡探訪 東行庵(下関市吉田)

幕末の長州と言えば、「奇兵隊」
その創設者が高杉晋作。

27年7ヶ月の短い生涯を駆け抜けた晋作が眠っている
下関市吉田にある「東行庵」を訪ねました。

想像したもの以上に立派な園でした。

久坂玄瑞らと品川の英国公使館を焼き討ちした後、
坊主になるといい、西行をもじって法名を「東行」と名のります。

東行庵は,
山縣有朋の別宅「無隣庵」を、
晋作の妾「おうの」に譲られてできたとのことです。
山縣有朋歌碑
「となりない世をかくれ家のうれしきは
                        月と虫とにあひやとりして」

日露戦役凱旋記念碑が建立さていました。
山縣有朋が、晋作に凱旋を報告したかったのかしれません。

高杉晋作顕彰碑
伊藤博文が文撰、井上馨によって除幕されたそうです
晋作のお墓
晋作を弔ったこれだけの施設にもかかわらず、
お墓自体は小ぶりでした
奇兵隊の隊員のお墓がずっと並んでいました
いろいろな最期だったことがうかがえました
晋作が亡き同志をしのんで詠んだ句碑
「おくれもおくれても
   又君たちに誓いしことをあに忘れめや」
司馬遼太郎文学碑
東行池をパノラマで撮影
そして有名な時世の句の石碑

「面白きこともなき世におもしろく  晋作
 すみなすものは心なりけり     望東」
シソで巻いた餡子の入った「晋作餅」美味しくいただきました。

記念館で購入した晋作シールをパソコンに・・・



2017年5月19日金曜日

史跡探訪 児玉神社(徳山)

5月14日に念願の児玉神社に行くことができました

児玉源太郎を祭った神社です

「坂の上の雲」にでてくる軍人の中で、私にとって最も魅力ある人物

本年3月に上京した折に、江の島の児玉神社を訪問する計画でしたが、
修復中とのことで参りることができず、
今回、山口県周南市にある児玉神社に足をはこぶことができました。

神奈川県江の島に創建されていた神殿と付属建物のの一部の譲渡を受けて、
誕生地徳山の旧邸跡地に建立されたものです。


17歳の少年兵として戊辰戦争、19歳で少年軍曹、とたたきあげの軍人。
その後陸軍大学長、陸軍大臣、
台湾総督、内務大臣、文部大臣を歴任しました。

「正確が陽気で屈託がなく、しかも作戦家であるほかに経綸の才があり、
 さらには無欲であるがためにその政治的才能は
 同時代のたれよりもすぐれていた」

坂の上の雲 3巻 (開戦)
「坂の上の雲」では

満州軍参謀総長という格下げの人事を自ら提案する日露開戦前の場面、
203高地陥落の場面、
奉天戦の後、講和のため帰国する場面等々、

印象的な場面でした。

台湾総督時代には、
江藤新平らと道路、鉄道、港湾、医療、衛生と台湾の基礎を築きました。


「徳足以懐遠」江藤新平書

「浩気長存」の碑のには、
元台湾総統の李登輝の名が記されており、

浩気とは、天地に満ちる雄大で、強い根本の気だ。
それが人の心に宿ると、不屈の道徳的勇気になるとされる。
人は成否ではなく、そこに正義があるか否かで、
決断を下さなねばならない時があるのだ。
児玉源太郎は、浩気をもって明治という時代を駆け抜けた。

と、石碑のパネルには説明がありました。

そして、記念にお守りをゲット。
これで、平(東郷平八郎)さんと源(児玉源太郎)さん
の二人に守ってもらえるようになりました。

司馬さんのインタビューのなかに、
階位としてではなく、本質的な「ジェネラル」の必要性が
語られているものがあります。

司馬さんのいう、本質的な「ジェネラル」(将官)。
児玉源太郎もその一人だったように思います。

2017年5月12日金曜日

野球で8-1は大勝?

GWは鯉の季節。

5月4日、広島カープは8-7のルーズベルトゲームで中日に勝利しました。

「1番面白いゲームスコアは8-7だ」
とアメリカ大統領のルーズベルトが言ったように、
逆転に次ぐ逆転で、面白いゲームだったようです。

さて、話題は8-1のスコアの試合。

某社の野球部の試合結果です。

スコアだけを聞くと、
バカスカ打ちまくり「楽勝」「大勝利」と思いきや、
その実態は大きく違っていたとのこと。

フォアボール、バント、盗塁、相手のエラーなどで、
1点、1点と積み重ね、ヒット数は相手チームよりも少なく、
終わってみれば8-1と大差がついていた。

試合内容は、「楽勝」「大勝」というより、むしろ「辛勝」。

「こつこつと地道に努力を積み重ねた結果が、
  振り返ってみると大きな差になる。
  仕事にも通じるものがあるのではないでしょうか」

と締めくくられた、素晴らしい報告でした。

ルーズベルトゲームのように、
観戦の熱狂はなかったかもしれませんが、
大切なことを学ぶことができた試合だったようです。

2017年5月5日金曜日

「花火と才覚は、つねに変えていかねばならない」メルマガ第91号

本日、メールマガジン:司馬遼太郎作品に学ぶ経営心得 配信しました。

前回に引き続き、
日本一の侠客といわれた小林佐兵衛を描いた「俄」から
ご紹介しています。

父の失踪に「命を捨ててかかってこまそ」
と覚悟を決めた佐兵衛万吉。
奉公を辞め、無宿渡世の道を歩みはじめました。

最初の「どつかれ屋」事業で、

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 花火と才覚は、つねに変えていかねばならない

  「俄 -浪華遊侠伝- 」 北野の雪

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と気づくのでした。

是非ご一読を!!