2026年7月27日月曜日

夏祭り 50数年を経て再バンドデビュー

7月25日(土)地元の夏祭りで、
50数年ぶりに「バンド」としてステージに立ちました。
メンバーは同じマンションの住民。

この日のために練習を重ね、4曲を演奏。

バンド仲間が事前に"根回し"をしてくれていたようで、
演奏が始まると、ステージ前にはたくさんの人が集まり、
ペンライトを振ってくださる方、
音楽に合わせて踊る子どもたち…。

想像していた以上に温かい雰囲気に包まれました。

そして演奏が終わると、「アンコール!」の声。
ところがレパートリーは4曲だけ。
すべて出し切ってしまい、
残念ながらアンコールには応えられなかったものの、
これ以上ないというデビューとなりました。




















顧問先の社長が撮影してくださった動画を、
中学時代のバンド仲間(福岡・岐阜・奈良)へ送りました。

返ってきた言葉が、
「なかなか形になってる。頑張って練習したんだな。総合的には合格。」
「(どこにいるの?)一番右の人? アンコールには応じてあげたの?」
「50年前を思い出したよ。懐かしいね。」
「いいじゃん。今はもうギターを持つこともないけど、頑張ってよ。」

50年前、隣の歯医者に「うるさい」と怒鳴り込まれながらも、
一緒に夢中になって音を合わせてい仲間たち。
住む場所も、それぞれの人生も違いますが、
動画一本で、あの頃へ戻ることができました。

そして、この日のステージには、
私だけのもう一つの意味がありました。

今年2月、長年一緒に暮らした愛犬が天国へ旅立ちました。
荼毘に付す朝、最後のお別れに、
「いつもそばで練習を聴いてくれてありがとう。
 今度、バンドで演奏するからね。」
そう声をかけながら、ギターを弾いて送り出しました。

今回、その時に弾いた曲を演奏するときには、
愛犬の名前が入ったキーホルダーをギターの糸巻きにぶら下げ、
天国に届ける思いで奏でました。
(多分、いつものように寝転びながら聴いてくれているんだとうと・・)

新たなバンド仲間との出会い。
50年前のバンド仲間との青春。
地域の皆さんの笑顔。
そして、大切な愛犬への「ありがとう」。
忘れられない一日になりました。

次回は、アンコールにも応えられるように、
レパートリーを増やせたらと思っています。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年7月14日火曜日

「かならず勝つ、という態勢ができてから・・」メルマガ第201号

本日メールマガジンを配信しました。

今回も引き続き豊臣秀吉の出世物語を描いた
「新史太閤記」よりご紹介しています。

◇◆◇◆◆◆◆◆◇◆ < 珠玉の言葉 > ◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆

戦は勝つべき態勢をつくりあげることであった。
合戦のもつ投機性を減らし、奇蹟を信ぜず、
物理的にかならず勝つ態勢へもりあげてゆく。
かならず勝つ、という態勢ができてからはじめて戦をする。

      新史太閤記 下 「瀬兵衛」

◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆

是非、ご一読を!! 

2026年7月9日木曜日

目指していたのは、数字ではなかった

 あるクライアントが、長年掲げてきたビジョンの達成目前まで来ています。

「年商〇〇億円」

当初の予定よりも前倒しで、今期中に達成できる可能性が見えてきました。
ただし、そこには少々の無理が必要です。
少々無理をしてでも、今期中に達成するのか。
それとも、今期はあえて無理をせず、来期以降に持ち越すのか。
しかし、今期を逃せば、そのチャンスはしばらく遠のくかもしれません。

「年商〇〇億円」というビジョン達成が現実味を帯びてきた今、
改めて見えてきたものがあります。

それは、その数字を掲げたときの本来の目的です。
年商〇〇億円という数字は、
あくまでその目的を端的に表したものに過ぎません。

私は常日頃から、「数字には意味がある」と口にしています。

しかし、その意味を忘れてしまうと、数字は単なる目標値になります。
達成したか、しなかったか。勝ったか、負けたか。
それだけの話になってしまいます。

本来、ビジョンとして掲げる数字は、上っ面の飾りではありません。
勢いで決めるものでもありません。

その会社がどこへ向かうのか。
何を大切にするのか。
誰のために成長するのか。
その成長によって、どのような会社になりたいのか。

そうした問いを徹底的に考え抜いた後に、肚を決めて設定したものでした。
その時の論議や思いが、次々と頭の中によみがえってきます。
「年商〇〇億円を目指してきたのではない。
 年商〇〇億円という数字で表現される会社の姿を目指してきたのだ」

そう考えたとき、改めて思いました。

「数字は、目的を表現する道具のひとつ。」

そのことだけは、決して忘れてはならないのだと。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年7月4日土曜日

売っているものは「変化」

 あるクライアントで、新商品の試作品が完成しました。

まずは数社のお客様に試験的に導入していただいたところ、評価は上々。
営業担当者からも、
「これは自信を持って提案できます」
という声が聞かれるようになりました。

いよいよ本格的な販売に向けて動き出すタイミングです。
そこで、
「この商品の特徴や効用を整理し、積極的に情報発信していこう。」
ということになり、そのためのミーティングが開かれました。

ところが、提案された内容は意外なものでした。
「積極的に情報発信するためには、まず〇〇と〇〇の機能を強化しましょう。」
なるほど、一見もっともらしい提案です。

しかし、私は一つ質問しました。
「現行の機能でも、それなりに評価されているのではないの?」

営業担当者は答えます。
「はい。お客様には満足していただいています。リピートもいただいています。」

そこで私は、さらに尋ねました。
「では、お客様は何に満足されたのかな?」

しばらく考え込む空気が流れました。
私が聞きたかったのは、機能の話ではありません。
導入したことで、お客様にどのような変化が生まれたのか、
そのビフォー・アフターです。

例えば、
・作業時間が短くなった。
・業務が簡素化された。
・ミスが減った。
・精神的な負担が軽くなった。
・社員同士の連携が良くなった。

商品が評価されるということは、
導入前と導入後で、必ず何らかの変化が生まれているはずです。
その変化こそが、お客様が本当に評価している価値です。

その価値が明確になって初めて、
「さらに価値を高めるには、どの機能を強化すべきか。」
という議論ができます。

逆に、その価値を理解しないまま機能を追加すると、
「作り手が作りたい商品」にはなっても、
「お客様が欲しい商品」にはならないかもしれません。

私たちは、つい商品の機能ばかりに目が向きがちです。
しかし、お客様が買っているのは機能ではありません。
その商品によって得られる変化です。

商品を改良する前に、お客様の変化を知る。
それが、本当の商品開発の始まりなのかもしれません。

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(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年7月2日木曜日

「感情を持つこと」と「感情的になること」

「感情を持つこと」と「感情的になること」。
似たような言葉ですが、この二つはまったく別のものです。

人は誰でも、嬉しいことがあれば喜び、
悲しい出来事があれば落ち込み、
理不尽なことがあれば怒りを覚えます。
これはごく自然なことです。

もし何があっても何も感じないのであれば、
それは人間というより、感情を持たないロボットに近い存在でしょう。

むしろ感情は、人を成長させる原動力になります。
「二度とあんな悔しい思いはしたくない。」
そんな悔しさが努力につながることがあります。
また、「もっと大きな喜びを味わいたい。」
という思いが、新たな挑戦へのエネルギーになることもあります。

つまり、感情そのものは決して悪いものではありません。
問題なのは、「感情的になること」です。

怒りに任せて言葉を発したり、腹立たしさから判断したり、
不安だけで結論を急いだりすると、
物事を客観的に見ることができなくなります。
判断が感情に支配されてしまうのです。

大切なのは、自分の感情を否定することではありません。
「今、自分は悔しいと感じている。」
「私は怒っている。」
「不安を感じている。」
まず、その感情を素直に認めることです。
同時に、相手にも同じように感情があることを理解し、
思いをいたらせることも忘れてはなりません。

その上で、判断は感情ではなく、理性で行う。
これが成熟した意思決定ではないでしょうか。

さらにリーダーには、もう一歩先の姿勢が求められます。
自らは冷静かつ合理的に判断しながらも、
その判断を実行するときには、相手の感情に十分配慮することです。

合理性だけでは、人は動きません。
かといって感情だけでも、組織は正しい方向へ進みません。

「判断は理性で、接し方は感情にも配慮して。」
この両方を大切にできる人こそ、
多くの人から信頼されるリーダーなのではないでしょうか。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年6月29日月曜日

「通訳」という仕事

先日、クライアントと専門家集団との会議に参加しました。

社長の質問に対し、専門家の方が丁寧に説明してくださいます。
しかし、私は横で聞きながら少し違和感を覚えました。
どうも話が噛み合っていないのです。

社長はAということを確認したい。
ところが返ってくるのはBやCの説明です。
もちろん、専門家の説明が間違っているわけではありません。
ただ、社長の質問に対する答えになっていないのです。

さらに困ったことに、話が長くなりがちです。
説明を重ねるほど論点が広がり、結局、
「それで結論はどうなのですか?」
という、一番知りたいことが見えなくなってしまいます。

こうした場面は、実は珍しくありません。
専門家は知識が豊富であるがゆえに、背景や前提から説明したくなります。

一方、経営者が知りたいのは、
「結局、やるべきなのか、やらないべきなのか」
「OKなのか、NGなのか」
という判断材料です。

両者とも真面目に話しているのに、会話がすれ違ってしまうのです。
もっとも、クライアントも、
「求めている回答と少し違うのですが……」
「結論だけ教えていただけますか?」
とは、相手への配慮もあって、なかなかストレートには言いにくいものです。

そんなとき、私は口を挟みます。
「社長がお聞きになりたいのは、〇〇ということです。」
「つまり、今のお話の結論は、『YES』という理解でよろしいですね。」
すると、不思議なほど話が整理されます。

経営者が知りたいことを整理し、専門家が伝えたいことを翻訳し、
双方の認識を一致させる。
それもまた、私の仕事なのかもしれません。
いわば“通訳”です。

もっとも、ここで少し考えさせられます。
日本人同士が、日本語で話している。それなのに通訳が必要になる。
なぜでしょうか。

おそらく、人は皆、自分の立場や専門分野、
自分なりの常識という「言語」で話しているからなのでしょう。
言葉は同じでも、見ている景色が違う。
だから通訳が必要になるのでしょう。

会議とは、単に言葉を交わす場ではありません。
相手が本当に知りたいことを理解し、相手に伝わる形で答える場です。

ちなみに、私は「英語」の通訳にはまったく自信がありませんが、
専門家と経営者の間をつなぐ、日本人同士の通訳なら、少々自信があります。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年6月25日木曜日

理由は後から考える

 ある会社で、業者から提案された廃材を再利用する取り組みについて
検討したときのことです。内容は、環境負荷の低減につながるものでした。

担当幹部はこう説明します。
「導入には〇〇万円ほどのコストがかかりますが、
 SDGsにも役立ちますので・・・」

なるほど、一見するともっともらしい提案です。
もっとも、その会社の規模からすれば、
〇〇万円というコスト自体は大きな問題ではありません。

私が気になったのは金額ではなく、その説明でした。
「導入するという結論が先にあり、その理由としてSDGsが後付けされている」
ように感じられたからです。

そこで私は尋ねました。
「ところで、当社はSDGs宣言をしているけれど、
 17の目標のうち、どの目標に重点を置いているのですか?」
「そして、今回の提案は、その目標のどこに結び付いているのですか?」

返ってきたのは沈黙でした。
17の目標のことすら認識がない。

私は続けました。
「当社がSDGs宣言をしていることは知っています。
 しかし、その宣言に基づく具体的な活動を聞いたのは今回が初めてです。」

「本気で取り組もうとしているのですか?
 そもそもSDGs宣言自体も、取引銀行との関係の中で勧められ、
 ポスターを作ってもらい、とりあえず掲げたという経緯でしたよね。
 宣言、取り下げたらどうですか?」と。

SDGsに取り組むこと自体は素晴らしいことで、否定しません。

本来ならば、
会社として大切にしたい価値観を実現する手段としてSDGsがある。
そして会社上げて真摯に取り組んでいる。
その上で今回の提案がる。
という順番でなければならないはずです。

今回の提案について言えば、
問題は提案の内容の是非ではありません。

「理由は後から考える。何となく良さそうだからやる。」
そんな思考回路が組織に染みついてしまうことの方が、
よほど大きな問題と、釘を刺したのでした。

形だけ整えることは簡単です。
しかし、形だけでは何も生み出しません。
むしろ、お金も時間もかかる。
そして何より、組織の思考を鈍らせてしまいます。

「目的・目標があって手段がある」、当たり前のことです。
手段ありきで、目標・目的が後付けされているようなことはありませんか?

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)