人は、実力をつけ、経験を重ね、成功することで成長していきます。
ところが、少し皮肉なことがあります。
実力がつき、実績が上がり、周囲から評価されるようになると、
それまで人の話を素直に聞いていた人が、いつしか聞かなくなる。
「自分の判断は正しい」
「これまでも、このやり方で成功してきた」
そんな自信が、知らず知らずのうちに「驕り」へと
変わっていくことがあります。
つまり、
人は成功することによって成長する一方、
成功することによって変わってしまうこともある。
経営者や組織のリーダーにとって、本当に怖いのは、
実力がないことだけではありません。
実力がついた後、自分がどう変わるか。
ここで、人を二つの軸で考えてみます。
一つは「実力」――有るか、無いか。
もう一つは「姿勢」――謙虚か、驕りがあるか。
この二つを掛け合わせると、四つの「現在地」が見えてきます。
まずは、④「自覚なき未熟者」(実力:無、驕り:有)
まだ十分な実力がない。
ところが、そのことに本人が気づいていない。
人の意見を聞かず、自分の考えに固執する。
実力がないこと以上に、
自分に実力がないことを自覚していないことが問題です。
自覚がなければ、学ぼうとしない。
学ばなければ、成長も始まりません。
③「伸びゆく挑戦者」(実力:無、驕り:無)
今はまだ十分な実力がない。
しかし、それを自覚している。
だから、「教えてください」「やってみます」「私が間違っていました」
と言える。の話を聞き、教えを請い、失敗から学ぶ。
すると周囲も教えてくれる。助けてくれる。応援してくれる。
やがて、
③「伸びゆく挑戦者」
↓
①「徳ある実力者」
へと成長していきます。
①「徳ある実力者」(実力:有、驕り:無)
実力がありながら、謙虚である。
仕事ができる。 実績もある。判断力もある。
それでも、人の話を聞く。 間違えば謝る。
人の功績を認める。
自分より立場の弱い人にも礼を尽くす。
実力だけで人を動かすのではなく、
その姿勢によって人がついてくる。
これが、組織を率いる者として理想的な姿ではないでしょうか。
ところが、ここに落とし穴があります。
仕事ができるようになる。
実績が上がる。
役職が上がる。
会社が大きくなる。
周囲から評価される。
成功を重ねるうちに、
「自分が正しい」
「自分のおかげだ」
「自分に従えばいい」
という気持ちが芽生えてくる。
すると、
①「徳ある実力者」
↓
②「驕れる実力者」
へ移ってしまいます。
経営者にとって最も怖いのは、この①から②への移動です。
②「驕れる実力者」」(実力:有、驕り:有)
「驕れる実力者」は、実際に実力があります。
仕事もできる。判断も速い。実績もある。結果も出している。
だから、周囲も注意しにくい。
そして本人も、
「これまで自分の判断で成功してきた」
という実績があるため、自分の問題に気づきにくい。
実力があるからこそ、その「驕り」まで正当化されてしまうのです。
考えてみれば、少し皮肉です。
③「伸びゆく挑戦者」が努力をして、ようやく①「徳ある実力者」になった。
ところが、その成功が続いた結果、
①から②「驕れる実力者」へ移ってしまう。
つまり、
成功が、人を成長させるとは限らない。
成功が、人を変えてしまうこともある。
ここに、経営者が陥りやすい罠があります。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
昔から言われてきた言葉です。
しかし、実際には「実ったとき」こそ、頭を垂れることが難しい。
実績ができたとき。
地位を得たとき。
会社が大きくなったとき。
自分の判断が次々と当たっているとき。
そんなときこそ、自分が今、
①「徳ある実力者」にいるのか。
それとも、知らないうちに、
②「驕れる実力者」へ移ってはいないか。
自分自身に問いかける必要があるのかもしれません。
実力だけでは、人は動かせても、
人心までは得られない。
実力に「謙虚」が加わって、初めて「徳」になる。
そこに、単なる仕事のできる人を超えた、
経営者としての本当の「力量」が表れるのだと思います。
「自分はいま、四つのどこにいるだろうか。」
と時々振り返ってみることも大切です。
Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford
(AI Assistant, aka “Lottie”)
