2026年6月25日木曜日

理由は後から考える

 ある会社で、業者から提案された廃材を再利用する取り組みについて
検討したときのことです。内容は、環境負荷の低減につながるものでした。

担当幹部はこう説明します。
「導入には〇〇万円ほどのコストがかかりますが、
 SDGsにも役立ちますので・・・」

なるほど、一見するともっともらしい提案です。
もっとも、その会社の規模からすれば、
〇〇万円というコスト自体は大きな問題ではありません。

私が気になったのは金額ではなく、その説明でした。
「導入するという結論が先にあり、その理由としてSDGsが後付けされている」
ように感じられたからです。

そこで私は尋ねました。
「ところで、当社はSDGs宣言をしているけれど、
 17の目標のうち、どの目標に重点を置いているのですか?」
「そして、今回の提案は、その目標のどこに結び付いているのですか?」

返ってきたのは沈黙でした。
17の目標のことすら認識がない。

私は続けました。
「当社がSDGs宣言をしていることは知っています。
 しかし、その宣言に基づく具体的な活動を聞いたのは今回が初めてです。」

「本気で取り組もうとしているのですか?
 そもそもSDGs宣言自体も、取引銀行との関係の中で勧められ、
 ポスターを作ってもらい、とりあえず掲げたという経緯でしたよね。
 宣言、取り下げたらどうですか?」と。

SDGsに取り組むこと自体は素晴らしいことで、否定しません。

本来ならば、
会社として大切にしたい価値観を実現する手段としてSDGsがある。
そして会社上げて真摯に取り組んでいる。
その上で今回の提案がる。
という順番でなければならないはずです。

今回の提案について言えば、
問題は提案の内容の是非ではありません。

「理由は後から考える。何となく良さそうだからやる。」
そんな思考回路が組織に染みついてしまうことの方が、
よほど大きな問題と、釘を刺したのでした。

形だけ整えることは簡単です。
しかし、形だけでは何も生み出しません。
むしろ、お金も時間もかかる。
そして何より、組織の思考を鈍らせてしまいます。

「目的・目標があって手段がある」、当たり前のことです。
手段ありきで、目標・目的が後付けされているようなことはありませんか?

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

「一生懸命な組織」 と「一所懸命な組織」

ある会社の幹部会でのことです。

議題は、「来期、会社として何に取り組むべきか」。
事前に各幹部がテーマを持ち寄り、それぞれが発表を行いました。

どの発表もよく考えられており、「なるほど」と頷ける内容ばかりでした。
改善に向けた真摯な姿勢も伝わってきます。

ところが、話を聞いているうちに、私はある違和感を覚えました。
「会社として取り組もうとしている、あの大テーマはどこへ行ったのだろう?」

その会社には、将来を左右する全社挙げて取り組むべき大きな課題がありました。
もちろん、それは簡単に解決できるものではありません。

しかし、発表されたテーマの多くは、その大テーマとの
つながりが見えませんでした。
どれも間違っているわけではありません。
むしろ真面目に考えられたものであり、懸命に取り組もうという
意欲も感じられます。

ただ、私にはこう映りました。
「大テーマは難しい。だから、自分が考えやすく、
 取り組みやすいテーマに置き換えているのではないか」
厳しい言い方をすれば、難しい課題から目をそらしながら、
「やっている感」を生み出しているようにも見えたのです。

本来であれば、
大テーマがあり、その実現のためにサブテーマが生まれる。
枝葉の活動は、幹である大テーマにつながっていてこそ意味を持ちます。

ところが、大テーマへの意識が薄れると、枝葉だけが伸び始めます。
個々には一生懸命に活動している。
しかし、会社全体としては思うように前進していない。
そんな状態に陥ってしまうのです。

ところで、「いっしょうけんめい」という言葉は、
現在では「一生懸命」と書かれることが一般的です。

しかし、その語源は「一所懸命」にあります。
鎌倉時代の武士が、自らの領地(一所)を
命がけで守ったことに由来すると言われています。
つまり、一つの場所、一つの対象に命を懸けるという意味です。

会社経営に置き換えるならば、組織の全員が同じ課題に向かって
力を集中することと言えるでしょう。

もちろん、それぞれが知恵を絞り、自ら考えて行動することは大切です。
しかし、その前に確認しなければならないことがあります。
「今、我々が命を懸けて取り組むべき一所はどこなのか」
ということです。

懸命に働いているのに成果につながらない組織の多くは、
能力や努力が不足しているのではありません。
力を注ぐべき「一所」が定まっていないのです。

皆さんの会社や組織では、今、何に一所懸命になっているでしょうか。
成果を生む組織は、一生懸命な組織ではなく、一所懸命な組織なのだから。 

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年6月16日火曜日

「小事をなすのは力量である 。大事をなすのは・・・」メルマガ第200号

 本日メールマガジン第200号を配信しました。

今回も引き続き豊臣秀吉の出世物語を描いた
「新史太閤記」よりご紹介しています。

◇◆◇◆◆◆◆◆◇◆ < 珠玉の言葉 > ◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆

  小事をなすのは力量である
             大事をなすのは天運である

      新史太閤記 下 「高松城」

◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆

是非、ご一読を!!

2026年5月5日火曜日

備中高松城 再訪

岡山のライブの往路、高速の倉敷→岡山間が10キロの渋滞。
倉敷インターを降り下道で岡山まで行くことにしました。

倉敷で高速を降り、下道を走ることにしました。
ナビだけを頼りに進んでいくと、どこか見覚えのある光景が広がります。

ふと目に入った町の表示には、「高松」「備中高松」との文字。
メルマガを作成しているタイミングとも重なり、
不思議な巡り合わせを感じました。

ということで、何年かぶりに備中高松城址を訪ねてきました。
もう一度見たかったのは、水攻めのために築かれた堤の跡と、
秀吉がその様子を見ていたであろう本陣です。

本陣までは入口より800mの表示。
以前訪れた記憶もあいまいなまま、軽い気持ちで歩き始めたものの、
実際にはほとんど山登り。
途中で何度も引き返そうと思いながらも、なんとか辿りつきました。
その秀吉本陣からは、水攻めをした全体像を見渡すことができます。





そして、築かれた堤の跡。



案内版の方向からでは樹木が生い茂り、その規模がつかめません。


裏側に回ってみると、土が盛られた状態が把握できました。
それは、小高い丘・・という感じでした。




ふと、これと同様の堤を現代技術で造るとすれば、
どの程度の期間とコストがかかるのか・・と思ったのでした。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

「浜田省吾」の初ライブに行ってきました

「あれ?これ経営と同じだ」(2026年1月22日付ブログ)で、
バンドを組むことになり、選曲した4曲のうち2曲が名前すら知らない、
一度も耳にしたことのない曲だったことを書きました。
それが浜田省吾の曲でした。

その後、練習を重ねなんとか形になってきたころ、
「一度、本物をいてみよう」と思い、
岡山でのライブに足を運ぶことにしました。

ところが、チケットの入手がなかなかのハードル。
ネットで会員登録をし、その後に抽選申し込み、当選待ち、
という手順です。
会員登録まではしたものの、
ちと複雑で面倒と感じ、一度は諦めました。

なんな中、後日メールでのリセールチケットの案内。
「もう一度だけやってみるか」と再挑戦し、結果は――当選。













こうして5月2日(土)岡山芸術創造劇場 ハレノワで行われた
浜田省吾のコンサート、初デビューすることができました。






























73歳という年齢にもかかわらず、声は伸び、立ち姿もカッコいい。
音楽はもちろん期待どおりの素晴らしさ。

それ以上に印象的だったのは、別のところにありました。
それは、観客との一体感。
曲に合わせて観客が手を振り、こぶしを上げ、一緒に歌う
2階席から見渡すと、会場全体がひとつの生命体のように動き、
大きなエネルギーが湧き出ているのが伝わってきます。
感動しました。
改めて、ライブの醍醐味を感じたのでした。














これまで何度か足を運んだ矢沢永吉のライブを思い出しました。
観客の熱量は圧倒的で、会場に入る前から、
そして開演前から熱量を感じるものがありました。
それ以来、私は「YAZAWAのFANのFAN」になりました。

そして今回、YAZAWAのFANと違う熱量放出の形での一体感に触れ、
「浜田省吾のFANのFAN」になってしまいました。

また機会あれば、一体感を感じに足を運んでみたいと思いました。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

「世を動かす原理は人間の欲望である」メルマガ第199号

本日メールマガジンを配信しました。
 
今回も引き続き豊臣秀吉の出世物語を描いた
「新史太閤記」よりご紹介しています。

◆◆◆◆◆◇◆ < 珠玉の言葉 > ◆◆◆◆◆◇◆◇

 世を動かす原理は人間の欲望である 

      新史太閤記 上 「高松城」

◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆

是非、ご一読を!!

2026年4月28日火曜日

パーキンソンの法則:ごもっとも!!

 先日、あるメールマガジンで
「パーキンソンの法則」という言葉に触れました。

思わず手を叩きながら、
「そうそう、その通りだ」と頷いてしまいました。

この法則を提唱したのは、英国の歴史学者であり政治学者である
シリル・ノースコート・パーキンソン。
1958年の著作『パーキンソンの法則』の中で語られたものです。

■ 第1法則
仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する。
30分で終わる仕事でも、1時間あれば1時間使ってしまう。
締切が先にあるだけで、人は“無意識に”仕事を引き延ばす。

■ 第2法則
支出の額は、収入の額に達するまで膨張する。
収入が増えても、なぜかお金は残らない。
気づけば、生活水準が上がり、出ていくお金も増えている。

そして、もう一つ。
いわゆる「凡俗法則」と呼ばれるものがあります。
■ 凡俗法則
組織は、どうでもいいことに、不釣り合いなほど時間を使う。
難しい議題ほど、議論は短く終わる。
一方で、誰もが口出しできるテーマほど、延々と続く。

放っておけば、時間も、コストも、議論も、
すべては膨張するということになるでしょう。

だからこそ、経営において重要なのは
「膨張を前提に、どう制御するか」です。
放置すれば、すべては“緩む方向”に流れます。

ここで問われるのが、リーダーの意思です。
リーダーの制御次第で、組織の生産性は変わります。

裏を返せば
・時間を絞れば、生産性は上がる
・資源を制限すれば、知恵が出る
・論点を絞れば、本質に近づく
ということになるでしょう。

「時間がない」「利益が残らない」「会議が長い」、
というのは、原因は外ではなく内側の問題。
「制御不足」から生まれているのです。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)