2026年9月9日水曜日

「転ばないこと」より「転んだ後、いかに早く立ち上げがるか」が大切

 11月にバンド演奏をすることになり、最近はその練習をしています。

曲はほぼ弾けるようになったのですが、困ったことがあります。
コードチェンジを一つ間違える。
「あっ、間違えた」と思った瞬間、頭が真っ白になる。
そして、今どこを演奏しているのか分からなくなる。

一つのミスが、次のミスを呼んでしまいます。

そんな時、こんなアドバイスをもらいました。
「本番で重要なのは、一度も間違えない能力より、
 間違えたあと、1〜2小節で戻れる能力です。」
なるほど。

考えてみれば、これは経営も同じです。
経営に「ノーミス」はありません。

新商品が思ったほど売れない。
採用した人が期待通りに育たない。
設備投資の判断を誤る。
受注を読み違える。
どれだけ考え、準備しても、失敗することはあります。

問題は「失敗したこと」そのものではありません。
失敗した後も、
「あの判断が悪かった」
「誰々が悪かった」
「こんなはずではなかった」
と、いつまでも失敗した場所に立ち止まってしまうことです。

バンド演奏では、自分がコードを一つ間違えても、曲は待ってくれません。
ボーカルも、ドラムも、ベースも、次の小節へ進んでいきます。
そこで間違えたコードを弾き直そうとすると、
かえって曲から取り残されてしまいます。

間違えたコードは捨てる。今、曲がどこまで進んでいるのかをつかみ、
次の小節から演奏に戻る。これが「リカバリー」です。

経営も同じです。過去の失敗を検証することは必要です。
しかし、過去に戻って失敗をやり直すことはできません。

だからこそ、
「なぜ間違えたのか」と同時に、
「今、どこにいるのか」
「どこから立て直すのか」
を考える必要があります。

失敗しない会社が強いのではない。
失敗しても、すぐに現在地を確認し、次の一手を打てる会社が強い。

「転ばないこと」より、「転んだ後、いかに早く立ち上がるか」。

どうやら経営者にも、バンド演奏にも必要な能力は同じようです。

もっとも私の場合、まずはコードを間違えない練習も必要なのですが……。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年9月2日水曜日

「患者が待つ」は、本当に当たり前なのか?

最近、母の付き添いで、月に何度か病院やクリニックに行くことがあります。
そこで、改めて気づいたことがあります。

とにかく、待つ。 予約をしていても待つ。
10時の予約なのに、10時30分、場合によっては12時近くになって、
ようやく診察室に呼ばれることもあります。

もちろん、医療の現場です。

一人ひとりの患者の症状は違いますし、急患が入ることもあるでしょう。
診察が予定より長引くことも当然あります。
ですから、「予約時間になったら1分も待たせるな」
と言うつもりはありません。

ふと疑問が湧いてきました。

おそらく現在の医療現場は、
限られた医師の時間をできるだけ有効に使うことを前提に、
診療の予定が組まれているのだと思います。

医師という希少な専門人材を遊ばせてはいけない。
だから、診療予定をある程度詰めておく。

一人の診療が予定より長くなれば、次の患者が待つ。
さらに長引けば、その次の患者も待つ。
結果として、医師はほぼフル稼働し、
その時間のズレを患者の待ち時間で吸収することになります。

経営的に考えれば、合理的なようにも見えます。

しかし、ここで発想を逆転させてみたらどうでしょう。

「患者を待たせる」のではなく、「医師が待つ時間をつくる」。
例えば、医師の予約を100%埋めるのではなく、
80~90%程度にして、ところどころに空き時間を設けておく。

その余白によって診察時間のズレを吸収し、
予約した患者を、できるだけ予約時間どおりに診察するのです。

当然、医師の稼働率は下がります。
そこで、その空き時間によって発生するコストを、
別の形で料金化できないだろうか・・・・

「診療」ではなく「時間」にお金を払う
例えば、「通常予約」は、これまでどおり。
一方で、「時間確約予約」のようなサービスを設ける。

「10時予約」であれば、
原則として10時から10時10分までには診察を開始する。
そのために医師側に一定の余裕時間を確保しておき、
そのサービスを希望する患者には追加料金を負担してもらう。

患者が追加料金を払うのは、より高度な診療を受けるためではありません。
「自分の時間を買い戻すため」です。

診察時間そのものは10分なのに、
受付して待って、診察を受けてまた待って、会計をして、
病院を出るまで3時間半。
こうした経験は珍しくありません。

病院側から見れば「10分の診療」かもしれません。
しかし、患者側から見れば、「210分を必要とするサービス」
なのです。

もちろん、実際にこうした仕組みが可能なのかどうかは、
私には分かりません。
私はこれまで、行政との関わりが強く、制度上の制約が多い、
言い換えれば経営の自由度が比較的低い医療・福祉業界については、
コンサルティングの対象としてきませんでした。
診療報酬をはじめ、一般のサービス業とは違う様々なルールがあります。
したがって、
「医師に余白をつくり、その分を特別料金として患者に負担してもらう」
という私の思いつきも、制度上そんなに簡単な話ではないのかもしれません。

幸い、友人に医療・福祉業界を専門にコンサルティングしている者がいます。
一度、「患者を待たせるのではなく、医師を待たせ、
その余白を商品として売ることはできないのか?」

と、この問いを投げかけてみようと思っています。

「そんなこと、とっくに検討されているよ」
「制度上、ここが問題なんだ」と言われるかもしれません。

それならそれで、面白い。
知らない業界だからこそ、業界の常識に染まっていない人間が
素朴な疑問を投げかけてみることにも、意味があるように思います。

「稼働率100%」は、本当に正しいのか?

そして、この話は医療業界だけの話ではないと思います。
企業経営でも、
「設備を遊ばせるな」
「社員の手を空けるな」
「稼働率を上げろ」
という考え方があります。

確かに、遊んでいる時間は一見するとムダです。
しかし、本当にそうでしょうか。
稼働率100%の状態では、突発的な仕事が一つ入っただけで、
すべての予定が後ろにずれていきます。

逆に、10%、20%の「余白」があれば、その余白によって変動を吸収できます。
そして、その余白によって、
「すぐ対応してもらえる」
「約束した時間に始まる」
「急な依頼にも対応してもらえる」

という顧客価値が生まれるのであれば、余白はムダではなく、商品になる。
そんな考え方もできるのではないでしでしょうか。

当たり前を、一度疑ってみる。「病院では待つもの」
「そもそも、なぜ患者が待つことが前提なのだろう?」

医師にあえて余白を持たせ、患者を待たせないことを価値として提供し、
その余白を商品化する。
そんなクリニックがあってもいいのではないでしょうか。

経営には、「効率を上げる」という発想だけでなく、
「あえて効率を落とすことで、新しい価値をつくる」
という発想もあります。

一見ムダに見える「余白」が、
実は顧客にとって大きな価値になる。

「昔からそうなっている」「この業界では、それが当たり前」
そう言われているものほど、一度逆から眺めてみる。
そこに、新しいビジネスの種が隠れているのかもしれません。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年8月7日金曜日

「調略をしようと思えば、・・・・」メルマガ第202号

 本日メールマガジンを配信しました。

今回も引き続き豊臣秀吉の出世物語を描いた
「新史太閤記」よりご紹介しています。

◇◆◇◆◆◆◆◆◇◆ < 珠玉の言葉 > ◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆

調略をしようと思えば、
(相手が)なにを欲し、なにを怖れ、なにに魅力を感じているか、
ということについて犀利な分析がなければならない

      新史太閤記 下 「紀之介」

◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆

是非、ご一読を!!

2026年8月4日火曜日

熊本大震災 お見舞い申し上げます

 このたび熊本県で発生した大地震により、
尊い命が失われ、多くの方々が被災されました。

お亡くなりになられた方々に
心より哀悼の意を表するとともに、
被災された皆様に謹んでお見舞い申し上げます。

連日の猛暑の中、救助・復旧活動に
携わっておられる皆様のご尽力には、深く頭の下がる思いです。

自然災害は私たちの力では防ぐことができません。
しかし、このような時だからこそ、
人と人との支え合いや、日頃からの備えの大切さを改めて感じます。

被災地の一日も早い復旧・復興を心よりお祈り申し上げます。

2026年8月1日土曜日

AI秘書、ついにスタイリストに・・・・

私には、**Charlotte Grace Ashford(愛称:Lottie)**
というAI秘書がいます。

仕事では資料をまとめてもらったり、文章を添削してもらったりと、
日頃から大いに助けてもらっています。

先日、地元の夏祭りでバンドデビューした際の
Tシャツ姿の写真をアップロードし、
「ステージ衣装は、どんなスタイルが似合う?」
と聞いてみました。

すると、単に「ジャケットがいいですね」という程度ではありません。
画像を作成したうえで、

チャコールグレーのフェドラ
ネイビーブレザー
白シャツ(襟を少し開ける)
ライトグレーのスラックス
ガンメタルの細いチタンフレームの眼鏡
チェリーレッドのES-335

そして、
「ステージ照明を受けた、落ち着いた大人のCity Popバンドの雰囲気」
というコンセプトまで提案してくれました。

さらに、
「ギターを変えたらどうなる?」
と尋ねると、ギターに合わせて帽子や服装の組み合わせまで
考えてくれるのです。

「有能な秘書」だとは思っていましたが、
まさか専属スタイリストまで兼ねてくれるとは思いませんでした。

自分一人では思いつかない選択肢を、
具体的なイメージとして見せてもらえることで、
「こんな変身した自分も面白いかもしれない」とも思ったり。
自分では想像できなかった可能性(?)を提案してくれたのでした。

ただ、私には一つ大きな課題があります。
それは、もともと服装にはあまり関心がなく、
「着られればいい」と考えてきた人間だということです。
AIがどれほど素敵な提案をしてくれても、
今までとは少し違う自分のスタイルに、
一歩踏み出す勇気を持てるかどうかです。

AIはフラットな視点からいろいろな提案をしてくれます。
その提案を(どの提案を)選ぶかは、
私自身にあるようです。

2026年7月27日月曜日

夏祭り 50数年を経て再バンドデビュー

7月25日(土)地元の夏祭りで、
50数年ぶりに「バンド」としてステージに立ちました。
メンバーは同じマンションの住民。

この日のために練習を重ね、4曲を演奏。

バンド仲間が事前に"根回し"をしてくれていたようで、
演奏が始まると、ステージ前にはたくさんの人が集まり、
ペンライトを振ってくださる方、
音楽に合わせて踊る子どもたち…。

想像していた以上に温かい雰囲気に包まれました。

そして演奏が終わると、「アンコール!」の声。
ところがレパートリーは4曲だけ。
すべて出し切ってしまい、
残念ながらアンコールには応えられなかったものの、
これ以上ないというデビューとなりました。




















顧問先の社長が撮影してくださった動画を、
中学時代のバンド仲間(福岡・岐阜・奈良)へ送りました。

返ってきた言葉が、
「なかなか形になってる。頑張って練習したんだな。総合的には合格。」
「(どこにいるの?)一番右の人? アンコールには応じてあげたの?」
「50年前を思い出したよ。懐かしいね。」
「いいじゃん。今はもうギターを持つこともないけど、頑張ってよ。」

50年前、隣の歯医者に「うるさい」と怒鳴り込まれながらも、
一緒に夢中になって音を合わせてい仲間たち。
住む場所も、それぞれの人生も違いますが、
動画一本で、あの頃へ戻ることができました。

そして、この日のステージには、
私だけのもう一つの意味がありました。

今年2月、長年一緒に暮らした愛犬が天国へ旅立ちました。
荼毘に付す朝、最後のお別れに、
「いつもそばで練習を聴いてくれてありがとう。
 今度、バンドで演奏するからね。」
そう声をかけながら、ギターを弾いて送り出しました。

今回、その時に弾いた曲を演奏するときには、
愛犬の名前が入ったキーホルダーをギターの糸巻きにぶら下げ、
天国に届ける思いで奏でました。
(多分、いつものように寝転びながら聴いてくれているんだとうと・・)

新たなバンド仲間との出会い。
50年前のバンド仲間との青春。
地域の皆さんの笑顔。
そして、大切な愛犬への「ありがとう」。
忘れられない一日になりました。

次回は、アンコールにも応えられるように、
レパートリーを増やせたらと思っています。

Text reviewed and edited with support from Charlotte Grace Ashford 
(AI Assistant, aka “Lottie”)

2026年7月14日火曜日

「かならず勝つ、という態勢ができてから・・」メルマガ第201号

本日メールマガジンを配信しました。

今回も引き続き豊臣秀吉の出世物語を描いた
「新史太閤記」よりご紹介しています。

◇◆◇◆◆◆◆◆◇◆ < 珠玉の言葉 > ◆◆◆◆◆◇◆◇◆◇◆

戦は勝つべき態勢をつくりあげることであった。
合戦のもつ投機性を減らし、奇蹟を信ぜず、
物理的にかならず勝つ態勢へもりあげてゆく。
かならず勝つ、という態勢ができてからはじめて戦をする。

      新史太閤記 下 「瀬兵衛」

◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆・◆◆◆◆◆◇◆

是非、ご一読を!!