2013年10月21日月曜日

異色の教官 寺本武治

「君は御勅諭に示されている誠を持っているのか」

「はい、私もいささかながら誠を持っております」

「君は御勅諭の”心だに誠あらば何事もなるものぞかし”
 の御言葉を肯定するか」

「肯定いたします」

「然らば、尋ねるが、拙者が今、
 この机の上に立てている白墨を、君はその位置から倒してみよ」

「それは無茶です。教官、御勅諭の誠は、
 そういう意味のものではありません」

「そうか、然らば御勅諭の誠は、
 無限の力を意味しているのではなく、力に限界があることになる。
 明治天皇の申された、”心だに誠あらば何事もなるものぞかし”
 ということは、一種の景気づけの言葉と解してよいか」

昭和の初期、海軍大学での「統帥」の講義場面の一コマです。
(「海軍大学教育」実松譲著 異色の教官・寺本武治)

国体明徴運動の激しいこの時期に、
天皇の言葉を「景気づけの言葉」ということ自体、
外部に漏れるようなことがあれば糾弾を受けることになりかねず、
学校当局も講義の続行の是非が論議されたヤバい講義でした。
まさに異色の教官だったようです。

海軍の最高学府であるからこそ、

「いかなる問題についても、いい加減な妥協や了解ですましてならない・・」

との考えのもとに行われたのでした。
今のビジネスにおいても、忘れてはならない姿勢です。

お盆に帰省したときに、
「親戚に戦艦に乗っていた者がいた・・・」
というところから調べていったところ、
海軍大学で教鞭を取り、
「統帥」について講義していたとのこと。

「統帥」いまでいうリーダーシップです。
ならば研究せねばと調べ、探りあてることができた資料の一部です。

祖父もそう、祖父の従兄弟の寺本教官(武治)もそう、
明治生まれの人間の芯の強さを見習っていかねばと思いました。