2013年10月28日月曜日

Amazon「おすすめ商品」で著書が紹介


「びっくりしたぞ・・・」と友人からメールが送られてきました。
 
受信した私も驚きでした。
 
アマゾンの「おすすめ商品」メールに
私の著書が2冊並べて紹介してあるでは
ありませんか・・・・
 
よく見てみると、あの「半沢直樹」の著者、
そして直木賞作家である
池井戸潤氏の上に!!
 
そういえば、過去に他の友人からも同様の情報をもらったことがありました。
その時は話だけで「へえ~、そうなんだ」程度でしたが、
現物をみると「おお~」に受け取り方も違ったのでした。

アマゾンでなんらかのデータ処理がされ偶然が重なり・・・
というのが実情ではないかと想像しています。

友人とは、
「アマゾン在庫余ってて、困ってるのかな?」
「いやいや、直樹賞作家の上にあるから、
    何らかの受賞の候補になってるんじゃない?」

と冗談を交わしたのでした。

2013年10月21日月曜日

異色の教官 寺本武治

「君は御勅諭に示されている誠を持っているのか」

「はい、私もいささかながら誠を持っております」

「君は御勅諭の”心だに誠あらば何事もなるものぞかし”
 の御言葉を肯定するか」

「肯定いたします」

「然らば、尋ねるが、拙者が今、
 この机の上に立てている白墨を、君はその位置から倒してみよ」

「それは無茶です。教官、御勅諭の誠は、
 そういう意味のものではありません」

「そうか、然らば御勅諭の誠は、
 無限の力を意味しているのではなく、力に限界があることになる。
 明治天皇の申された、”心だに誠あらば何事もなるものぞかし”
 ということは、一種の景気づけの言葉と解してよいか」

昭和の初期、海軍大学での「統帥」の講義場面の一コマです。
(「海軍大学教育」実松譲著 異色の教官・寺本武治)

国体明徴運動の激しいこの時期に、
天皇の言葉を「景気づけの言葉」ということ自体、
外部に漏れるようなことがあれば糾弾を受けることになりかねず、
学校当局も講義の続行の是非が論議されたヤバい講義でした。
まさに異色の教官だったようです。

海軍の最高学府であるからこそ、

「いかなる問題についても、いい加減な妥協や了解ですましてならない・・」

との考えのもとに行われたのでした。
今のビジネスにおいても、忘れてはならない姿勢です。

お盆に帰省したときに、
「親戚に戦艦に乗っていた者がいた・・・」
というところから調べていったところ、
海軍大学で教鞭を取り、
「統帥」について講義していたとのこと。

「統帥」いまでいうリーダーシップです。
ならば研究せねばと調べ、探りあてることができた資料の一部です。

祖父もそう、祖父の従兄弟の寺本教官(武治)もそう、
明治生まれの人間の芯の強さを見習っていかねばと思いました。


2013年10月14日月曜日

史跡探訪:土方歳三 東京日野市


先週、所用で東京へ行ってきました。

運良く、月二回の土方歳三資料館の開館日と重なり
訪問することができました。

立川からモノレールにのり「万願寺駅」から徒歩2分。
住宅地の中の大きめな住宅の一部が資料館になっており、
母屋は末裔の方が住まわれているようです。
















入り口を入ってすぐに、土方歳三の胸像が迎えてくれます。












歳三の木刀、鎖帷子、鉢金等が展示されていました。
そして、歳三が家伝の石田散薬を得意先に卸す時に背負った薬箱も・・

そういえば、黒田官兵衛の祖父も秘伝の目薬を扱っていたこと、
土方歳三を描いた「燃えよ剣」の司馬遼太郎さんの実家も
薬局だったことを思い出しました。


歳三のお墓をを訪ねて石田寺へ。
途中、何件も土方姓の表札のある家を通り過ぎ
「この地区は土方さんばかりだ・・・」と思いつつ
お寺に辿りつきました。



お寺の中に、「土方歳三のお墓」という標識はあるものの、
その方角には土方と刻まれたお墓がいくつも・・・

歳三の写真が飾られていました。

歳三の「顕彰碑」が建てらていました。
明治2年(1869年)5月11日没 享年35歳。


お寺からの帰途に「とうかん森」がります。
土方一族が稲荷社を祀った場所で「稲荷森」を
音読みにして「とうかん森」とも、
土方一族十余家が祀った森で「十家森」が由来とも言われているそうです。
土方家の氏神を祀る稲荷社がありました。

燃えよ剣、新撰組の副長として近藤勇を支えた土方歳三。
その規律は、極めて厳しいものがありました。


「総司、いっておくが、おれは副長だよ。
 思い出してみるがいい,結党以来、
 隊を緊張強化させるいなや命令、処置は、すべておれの口から出ている。
 近藤の口から出させてっことが、一度だったあるか。(省略)

 不副長が、すべての憎しみをかぶる。
 いつも隊長をいい子にしておく、新撰組てものはね、本来、烏合の衆だ。
 ちょっと弛めれば、いつでもばらばらになるようにできていんだ。
 どういうときがばらばらになるとだか、知っているかね」

「副長が、隊士の人気を気にしてご機嫌とりをはじめるときさ。
 副長が、山南や伊東みたいにいい子になりがると、
 にがい命令は近藤の口からでる。
 自然憎しみや毀誉褒貶は近藤へゆく。
 近藤は隊士の信をうしなう。隊はばらばらさ」


あえて、隊の中で憎まれっ子の役を引き受けた歳三。
『燃えよ剣」にはトップを支えるNo2としての役割を
多くの学ぶとろがあります。
是非ご一読を!!

次ぎは、何かの機会を見つけ土方歳三最後の地、
函館を訪れて見たいと思っています

2013年10月9日水曜日

「浮世とは、生きて戦うしか仕方のないところじゃ」メルマガ第48号

本日、メルマガ「司馬遼太郎作品に学ぶ経営心得」第48号
を配信しました。

前回同様、山内一豊の妻「千代」を描いた
「功名が辻」からご紹介しています。

落ち込んでいる一豊を

「浮世とは、生きて戦うしか仕方のないところじゃ」

と悟らせる作戦を千代は展開したのでした。

その作戦とは? メルマガをご一読ください。

2013年10月7日月曜日

スターバックスを崩壊させる3つの方法

タイトルを見て驚かれたかもしれません。

元スターバックスコーヒージャパンCEO岩田松雄氏
が書かれた「ブランド」という本の1節です。

どうすれば自分ブランドを構築していくか?
というテーマについて48の心得を説いています。
「その通り・・・」と随所にうなずくところがありました。
お時間があるときに、是非ご一読をお勧めします。

「ブランド」を構築していくことは時間がかかる、
一方、ブランドを崩壊さえることは「あっ」という間であることを
スターバックスを例に説明しています。

1、急拡大する
2、値引きやクーポン・セットメニューを導入する
3、大量のCMや広告、プレゼントキャンペーンを施する

という3つを挙げています。
急拡大し、安売りをはじめ、それを大々的にアナウンスする
というものです。
詳細は、上記の「ブランド」を読んでみてください。

顧客を惹き付けられる策=
 (クーポン・セットメニュー・値引き・プレゼント等のプロモーション)

と考える前に、自社が「顧客に提供する価値は何か?」
と考え、その価値の強化に資源を投下することが大切です。

ブランド作りには、時間がかかります。

近道を歩いていくのではなく、
遠回りの道を、全速力で駆け抜けていく

という覚悟が必要です。